海外の名無しさんを翻訳しました

投稿主:戦時中、日本の女学生がアメリカを攻撃するために風船爆弾を工場から引っ張りだしてる様子だよ。 16RDy7o
以下、外国人の反応まとめ

海外の反応

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第二次世界大戦中にこの兵器も結果としてアメリカで犠牲者を出たんだ。

風船爆弾(ふうせんばくだん)とは、太平洋戦争において日本陸軍が開発した気球に爆弾を搭載した兵器である。秘匿名称は「ふ号兵器」。「風船爆弾」は戦後の用語で、当時の呼称は「気球爆弾」である[1]。戦果こそ僅少であったものの、ほぼ無誘導で、第二次世界大戦で用いられた兵器の到達距離としては最長であり、史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器であり、実戦に用いられた兵器としても約7700km(茨城県からオレゴン州への概略大圏距離)は、発射地点から最遠地点への攻撃である。wiki

 

 

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日本の小学生が運動会でやっている大玉ころがしかと思ったよ

 

 

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写真からは映画を撮影しているようにも見える

 

 

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これは風船爆弾じゃないか!
私が住んでいる近くの登戸研究所という場所で開発されていたものなんだよ

1939年(昭和14年)1月、「謀略の岩畔」との異名をとった陸軍省軍務局軍事課長・岩畔豪雄大佐(正確には軍事課長就任は同年2月、大佐昇進は同年3月)によって、特殊電波・特殊科学材料など秘密戦の研究部門として、 通称「登戸研究所」が「陸軍科学研究所」の下に設立された。 登戸研究所の前身は1919年(大正8年)4月に「陸軍火薬研究所」が改編して発足した「陸軍科学研究所」のため、当初の正式名称は「陸軍科学研究所登戸出張所」であった。wiki

 

 

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風船爆弾によってなんてことが起きてしまっていたんだ。

1945年3月10日に、紙風船の1つはハンフォード地域にあるマンハッタン計画の生産設備の近くに落下。この風船は原子炉冷却ポンプに電気を供給している送電線をショートさせたが、予備安全装置はほとんどすぐに力を元に戻った。wiki

 

 

 

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↑驚いちゃうよね…。偶然すぎると思うよ。これが起こってしまう確率はどれ位なんだろう

 

 

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アメリカにたどり着いて母親と5人の子供が犠牲になったのは悲しい事実だね…。

 

 

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風船爆弾海に吹く風の力によって横断する日本で最初のは大陸間兵器だと考えられてる。
それが実際に機能していたという事実は素晴らしいと思うんだ

 

 

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↑とは言っても確率的に戦果を残したのは本当に極小数だったみたいだ
それは戦局を揺るがすほど大きな衝撃を与えなかったということだ

日本が原始的な選択肢を選んでいた一方で
ナチスは大陸間兵器として近代的なロケットを使っていたからね

 

 

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1942年の初めにもオレゴン州の南の森で戦闘機が潜水艦から打ち上げられたんだ
彼らは焼夷弾で森を焼き尽くそうとしたんだ

またパナマ運河を伊400の巨大潜水艦から航空機を発進させて爆撃するなんて計画もあったんだ
でも彼らが結局戦争が終わる前にその作戦を遂行することはなかったんだ

 

 

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↑間違った軍事戦略ではなかったように思えるけどね
まるで第一次世界大戦のような戦略に見えるけどね

 

 

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↑なぜ第一次世界大戦の戦略のようだと思うの?すごく興味があるよ

 

 

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↑風船爆弾もね、きっと凄く妄想が激しい戦略家が考えたんだと思う
でも日本人は、古代から多くの伝統的な価値観と儀式的な戦いを行ってきた

そこで風船なら最新の戦術を工夫として良い結果を生むと考えられたのだろう
残念な結果だったけどね

 

 

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大日本帝国は見事だよ!

 

 

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日本の発明テクノロジーについて勉強をした時に、この風船が紙とこんにゃくで出来ているってのを覚えているよ

 

 

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最初から最後まで必死に陶製手榴弾で真珠湾を攻撃していた絶望的状況のようなものだろう

via:http://redd.it/3f1hth