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日本とロシアの戦争中の1877年、一枚のアンチ・ロシアの風刺的な地図が一人の日本人学生によってつくられた。
Kisaburō_Ohara,_Europe_and_Asia_Octopus_Map,_1904_Cornell_CUL_PJM_1145_01

以下、外国人の反応まとめ

海外の反応

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この地図は1904〜1905年の間のどこかのものだぜ。1877年につくられた別の地図に基づいている。混乱させてすまない。

 

 

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↑これが一番に言っているのは、この地図が1904年(明治37年)の2月28日に「日本」で出版されたということ。この特殊なマップは4回目の改訂を経ている。

 

 

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日本はいつでも巧みだよなぁ

 

 

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↑これ見て考えさせられたわ

 

 

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まるでイタリアがカップケーキを持っているみたい

 

 

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日本を表わすために選ばれたこの絵に興味津々。もしこの文脈無しに見ていたら、イギリスの軍隊の一員だと思い込むわ。だって、髭もじゃもじゃじゃん?

 

 

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おれはオーストリアがハンガリを攻撃するのをやめたのが好きだなー

 

 

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ノルウェーとスウェーデンはいつも受け身w

 

 

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日本人の子供は冷徹だぜ。なんてったって、水鉄砲を持ち歩くくらいだからなw

 

 

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↑日露戦争は1904年〜1905年だぜ。そのマップでさえ1904年の3月の日付になってる。どっから1877年っていうのがきたんだ?

 

 

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すまん、指摘してくれてありがとう!俺がマップをみたときにwikiの記事をみたのさ。読み間違いだわ。

 

 

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俺気づいたんだけど、クリミアをとりまく巧みな支配精神ってもしかしたらロシアのクリミア戦争敗北のヒントなんじゃないかな?

 

 

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1877年は日露戦争の合間じゃない。1904年と05年の合間だろ

 

 

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クリミア戦争における象徴的な帝政ロシアの巧みな戦術に気づけよ。この手のマップ好きだな。

 

 

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いやでも、正確だしな

 

 

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こういったものはスウェーデンやノルウェーにはない

 

 

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やっぱり1904年じゃんかー。

 

 

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↑日本はそのとき、強大な海軍をもって巨大な帝国を築いていた小さな島国のイギリスの例をみたんだよ。日本は失敗したけどね。そしてイギリスも多くの植民地を諦めざるを得なかった。

via:http://goo.gl/601Z6U