日本の京都大学が極秘の原爆研究ノートを新発見したことが海外でも取り上げられていました

京大の原爆研究ノート新発見 戦時中にウラン濃縮目指す
今回確認された清水栄・京大名誉教授(故人)の研究資料やノート。資料には「超遠心分離装置製作資材大要」と書かれている=25日、千葉県我孫子市
旧京都帝大(現京都大)が太平洋戦争中、旧日本海軍からの委託で取り組んだ原爆研究の新たな資料が、京大に保管されていたのが確認された。原爆製造に重要なウラン濃縮装置の研究ノートなどが含まれる。当時の研究状況を伝える資料は少なく、専門家は貴重な手がかりになるとみている。

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戦時中の原爆研究としては、旧陸軍の委託で仁科芳雄氏らが東京の理化学研究所で行った「ニ号研究」と、旧海軍の委託で京都帝大理学部の荒勝文策教授らが行った「F研究」が知られている。技術開発を試みたが、ともに完成に至らず終戦を迎えたとされる。

今回の資料は、荒勝教授の下で講師を務めた清水栄・京大名誉教授(故人)の研究ノート3冊など。後に所属した京大放射性同位元素総合センターの書庫などに保管されていたのを、政池(まさいけ)明・京大名誉教授(80)らが見つけた。via:yahooheadlines

以下このニュースを見た外国人の反応まとめ

海外の反応

海軍と陸軍は独自にこの原爆開発を進めてたんだよな。彼らはお互いに資源を共有したり、協力することをしなかったっていうのをどこかで読んだことがある。

 

 

日本人の彼らの研究は決してあっと驚くようなニュースではないと思う。けれどこれを見つけたことは貴重な発見だな

 

 

ドイツもまた核分裂に成功し、多数の兵器を作る研究をしていたんだよな

 

 

↑1938年には既にドイツは核分裂については成功していたぞ

1938年1月に、ドイツの科学者オットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンの論文により、ウラニウムの核分裂反応が発見された。彼らは、ウラン235に中性子を衝突させて分裂させることに成功した。
ナチス・ドイツ政権下で、1939年9月末からドイツ国防軍兵器局のもとに原爆開発のための実験が試みられるようになった。当時、ユダヤ人系の学者は追放、または亡命していたので、残っていたドイツ人学者によって開発が進められた。wikipedia

 

 

既にアメリカによって2つの都市が壊滅させられたから、きっと恥だと思って隠したのかな?

 

 

↑恥だとは思って隠したわけないだろ

 

 

1945年当時にアメリカを脅かすほどの脅威があったってことなんだよな?けど実際にはそれは抑止力としては機能していなかったってわけか・・

 

 

日本のどこかの文章で終戦間際には小さな核を既に作っていてそれをテストしていたってのを読んだことあった。けどそれは陰謀論だと考えられていたんだよな。

今回の発見で正しく検証したドキュメントのようなものが見られれば興味深いのだが。

 

 

あの当時の日本は素晴らしい科学技術を持っていたってことだよな、日本はまたレーダーにおいても過去に素晴らしい物を開発していた

 

 

これはドイツ、アメリカ、日本(おそらくロシアも?)で過去20年間の信じられないほどの情報量から、核分裂を作り出すことができる巨大なエネルギーを発見したということだよね…凄いことだと思う

 

 

誰が、どこの国が、一番乗りで核という脅威を発見しようとそれが最悪なことに変わりはないよ

via:https://goo.gl/AdN5CO