ユニクロを運営するファーストリテイリングの会長兼社長である柳井正氏について、ネット上では「やばい」という評価が飛び交っています。この「やばい」という言葉には、圧倒的な経営手腕と、経営姿勢の二つの意味が込められています。本記事では、柳井正氏が「やばい」と評される理由と、若い頃の経歴について解説します。
柳井正がやばいといわれる背景
ファーストリテイリングは2025年8月期上期に売上収益1兆7901億円、営業利益3042億円という過去最高の業績を達成しました。この圧倒的な成功の裏には、創業者である柳井正氏の徹底した経営哲学があります。
数字で語る徹底した経営姿勢
柳井正氏は「数字で語る経営」を掲げ、SKU(在庫の品目単位)ごとの売れ行きや回転率を細かく管理しています。特に注目すべきは「人時生産性」という指標で、人が働いた時間と売上を比較する厳格な管理手法を導入しました。この徹底ぶりが、他社には真似できない高い収益性を生み出しています。
カリスマ経営者としての厳しさ
柳井正氏はユニクロが急成長を遂げていた時期、「泳げない者は沈めばいい」という言葉を好んで使っていました。この発言は、世界的な大企業への変革期において、社員にも同様の成長を求める強烈なメッセージでした。結果を出せない者には容赦しないという姿勢が、「利益至上主義者」「血も涙もない鬼経営者」という評価につながっています。
部下への激しい叱責エピソード
柳井正氏の経営スタイルを象徴するのが、部下に対する厳しい言動です。
店舗チェックでの激怒
店舗のクオリティーチェックは特に念入りで、基準に満たない場合は容赦がありません。「すぐに店長を呼べ。クビだ!」と大声で激怒する場面が何度も目撃されています。部下に対しても「お前がバカだからだ!」と激しく叱責したエピソードが残されており、現場の緊張感は相当なものだったようです。
ブラック企業との批判
ユニクロは特に若手社員に対する労働環境の厳しさから、「ブラック企業」との批判を受けることがあります。
長時間労働の実態
2010年に入社した新卒社員の証言によれば、月300時間超の長時間労働、つまり残業が140時間を超える状態が続いたといいます。その結果、鬱を発症して休職・退職に至った事例が報告されており、元社員からは「柳井社長は人として終わってると思います」という厳しい言葉も出ています。
人材使い捨てとの指摘
元社員の中には、ユニクロを「人を病気になるまで違法に使い倒して、使えなくなったら捨てて、また『次』を採用する」という人材使い捨て会社だと表現する人もいます。本部社員においては、10%から20%程度の確率で鬱病経験者がいるという証言もあり、労働環境の過酷さがうかがえます。
新卒社員への隔離方針
ユニクロには、新卒社員に対する独特の方針があります。新卒社員は自宅から通える距離であっても、全員が会社契約の借り上げ物件に入居させられます。レオパレスなどの物件で強制的に一人暮らしをさせる方針について、実家の親兄弟から引き離すことで長時間労働を「おかしい」と気づかせないための隔離が目的ではないかという見方があります。
若い頃ニートだったって本当?
現在の厳格な経営者というイメージとは裏腹に、柳井正氏の若い頃は無気力な時期を過ごしていました。
大学時代の寝太郎生活
大学時代の柳井正氏は典型的な無気力学生で、特に夢を持っておらず、授業にもろくに出席しませんでした。麻雀やパチンコに明け暮れる日々を送り、下宿で無為に過ごす姿から、大家のおばさんから「寝太郎」というあだ名をつけられていたといいます。
就職活動の失敗
就職活動も真剣に行わず、大手商社をことごとく落ちました。当時の柳井正氏は、どうしたら仕事をしないで生きていけるかを考えていた時期もあったといいます。現在の成功者からは想像もつかない、無気力な学生時代を過ごしていたのです。
ジャスコ退職後の東京ニート期
大学卒業後、柳井正氏は父親のツテでジャスコ(現イオン)に入社しました。
わずか9ヶ月で退職
働くのが嫌で仕方なかった柳井正氏は、ジャスコをわずか半年から9ヶ月で辞めてしまいます。この短期間での退職は、当時の彼がいかに仕事に対してやる気がなかったかを物語っています。
半年間のプータロー生活
退職後、実家に戻らず東京の友人宅に転がり込み、半年間、なんの仕事もせずにブラブラと過ごす居候生活を送りました。働けない状態ではないにもかかわらず仕事をせずに毎日のんびり過ごしている状態は、まさにプータロー、現代でいうニートに近い生活でした。
実家での覚醒と商売への目覚め
東京でのプータロー生活に嫌気がさし、柳井正氏は実家のある山口県宇部市に戻りました。
店員大量退職事件
実家の紳士服専門店「小郡商事」を手伝い始めた柳井正氏は、自分の考えを店員に言いまくった結果、7人いた店員のうち6人が辞めてしまいます。この事件が、彼の人生の大きな転機となりました。
全てを自分で実行する経験
店員がいなくなったことで、柳井正氏は仕入れ、販売、経理、人事など全てを自分でやらざるを得ない状況に追い込まれます。父から会社の財布である銀行印や実印も渡され、一気に経営全体を把握する責任を負いました。
商品クオリティへのこだわり
社員の労働環境については厳しい批判がある一方で、柳井正氏の徹底した姿勢は商品開発に反映されています。
絶え間ない改善の積み重ね
ユニクロの商品は、靴下一足、ポロシャツ一枚に至るまで、毎年シルエット、素材、縫製などをアップデートし続けています。元社員からも「まじで今でもユニクロの商品はすげーと思います」という評価があり、商品クオリティへのこだわりは本物です。
顧客満足を本気で追求
柳井正氏やユニクロ社員は、厳しい労働を強いるのが客のためになると本気で考えており、安易に経営コストを削るためだけではないという見方もあります。この姿勢が、世界的なブランドとしての地位を確立した要因の一つといえるでしょう。
まとめ
柳井正氏が「やばい」と評される理由は、圧倒的な経営成果と社員への極めて厳しい姿勢という両面性にあります。若い頃はニートのような無気力な生活を送っていた彼が、家業の手伝いをきっかけに、世界的な経営者へと変貌を遂げました。徹底した実行力が生み出す光と影が、柳井正という人物の「やばさ」を作っているのです。
